メンタリストDaiGoさんの主張を科学的に論破してみる。
今日もコツコツやってますか?
Voicyパーソナリティのイケハヤです。
タイトルちょっと遊んですみません。が、真面目な話です。
これはさすがに見過ごしてはいけない主張なので、丁寧に反論していきましょう。
DaiGo氏の主張については、以下の記事などをどうぞ。よくまとまっています。
驚くのは、この件についてご本人から、現時点で一切の釈明も謝罪もないことです。以下、ご本人のツイートです。
何が問題かを理解なさっていない……?と思われるので、ぼくの見解を述べます。
追記:ご本人から謝罪と、ホームレス/生活保護にまつわる問題の理解を深めるための追加コンテンツの発信が表明されました。コンテンツ、楽しみですね!
ヘイトクライム(憎悪犯罪)を増長する。
何がダメか、その理由はシンプルで、こうした言説はいわゆる「ヘイトクライム」を誘発・増長させるからです。
DaiGo氏は「ホームレスは社会にとって不要な存在で、犯罪者と同じで殺されればいい」と解釈しうるメッセージを投げかけました。
DaiGo氏は「そんなつもりはない」と弁明するでしょうし、実際にそこまで過激なことは考えていはないとも思いますが、この「解釈しうる」という点が非常にまずいです。
彼のYouTubeチャンネルは250万人ものユーザーが登録し、もちろん、若年層も多く視聴していると思われます。
視聴者のなかには、DaiGo氏のメッセージを「曲解」し、ホームレスの人々、生活保護を受けている人々に、危害を加えようとする人が出てきかねません。
「考えすぎじゃない?」と思うかもしれませんが、これは深刻な問題で、ホームレスを殺害する事件は実際に起こっています。
昨年11月には、渋谷区でホームレスの女性が襲われ殺害されました。日本の、渋谷の話ですよ。
昨年3月には、少年たちがホームレスの男性を殺害する事件も起きています。
ショッキングですが引用します。
検察官の「なぜホームレスの人に投石したのか」との問いに、元少年は「嫌がらせをして楽しむためだった」。
また「被害者を見下す考え方をしていたので、嫌がらせや投石をした。弱い者いじめをしていた。からかうことに夢中になり、何の落ち度もない被害者を死なせてしまい、申し訳ありませんでした」と述べた。
DaiGo氏の発言は、こうした暴力を短期的に正当化し、助長しうる危険性を強くはらんでいます。これが、この発言を容認しがたい理由です。
彼は別の配信で、このようにも発言しています。
そんなにだって異論があるんだったら、僕に言ったところで、べつにホームレスの人とか、生活保護の人が救われるわけじゃないから、だったら自分がそういう人たちを保護するための活動したら?
違うんです……。
こういう発言を世の中的にちゃんと批判することで、ほんとうに、暴力は減り、命が救われるんです。
だから、ぼくらは声を挙げているんですよ。そこはわかってほしいですね。
もっとわかりやすく言えば。。
ここ追記。
今回の発言がNGであることは、「ホームレス」を別の概念で言い換えればわかりやすくなるかなと思います。
たとえばこれが以下の内容だったらどうでしょう。
「【移民】の命はどうでもいい」
「【80歳以上の老人】はいないほうがいい」
「人権もあるから。いちおう形上【ゲイ】は大事にするよ。でもいない方がよくない?」
「てか、どちらかっていうと、みんな思わない? どちらかっていうといない方がよくない? 【障害者】って。」
さすがに誇張しているように聞こえると思いますが、DaiGo氏の発言が持つ攻撃性は、本質的には上記の発言と同じ性質なんですよ。
これらはいわゆる「ヘイトスピーチ」で、「個人の辛口な感想」の域を超えて批判されるべき行為です。
DaiGo氏もヘイトスピーチがやってはいけないことだとわかっていると思いますが、なぜ、「ホームレス」は許されうると考えているのか、ぼくにはその感覚がわかりません。
そもそもロジックが成り立っていない。
このDaiGo氏の発言、よく考えるとそもそも論理的におかしいんですよね。
あくまでライブ配信トークなので、主張として成り立っていないのは仕方ない側面もありますが……。
彼は「ホームレスはいなくなればいい」と言います。
イケハヤはこの点について、まさしく同意です。
そりゃあ、ホームレス状態の人は、いなくなったほうがいいでしょう。
本人だってなりたくてなってるわけでもなし、命の危険だってあるわけですから。
できるだけ多くの方が、安全で、安心できる、屋根のある家で暮らすべきです。
(もっとも、現在ホームレス生活をしている方の中でも、自らの意思でホームレス状態を維持している方もいらっしゃいます。こういうケースにおいては、その自由も尊重されるべきだとは思います)
一方で、DaiGo氏は、生活保護については否定的に見えます。
少なくとも、生活保護制度の維持に対して、自分の税金を使ってほしくはない、という意思があるようです。
僕は生活保護の人たちにね、あの、なんだろう、お金を払うために税金を納めてるんじゃないからね。
ここはシンプルに矛盾しています。
というのも、生活保護は、ホームレスを減らすための非常に重要な手段だからです。
ホームレス状態から脱するための選択肢は複数ありますが、基本的には、生活保護がベースとなります。
少々見にくいですが、厚労省のホームレス支援についての資料です。
上記の図では、ホームレス状態から脱却するために、まずはシェルターや自立支援センターを利用してもらい、続いて福祉事務所を通して生活保護を受けてもらう、というフローが書かれています。
一般就労による自立についてもフローは用意されていますが、困窮して路上生活している人が、シェルターに入っていきなり就労できることは稀だと聞きます(そりゃそうですね)。
生活保護を否定してしまうと、ホームレス状態を脱却するために、「シェルターで避難している間に就労しろ」というめちゃくちゃなフローが基本になってしまいます。
これはさすがに非現実的なので、現実には、ホームレス状態からの脱却においては、まず生活保護が使われるわけです。
この点についてDaiGo氏の主張は矛盾していて、「ホームレスはいないほうがいいけど、生活保護に俺の税金は使ってほしくない」という話になってしまってます。
では……
彼はいったい、ホームレスをどうやって減らそうと考えてるんでしょう。
一直線に、路上から就労?
あるいは何もせずに路上に放置?
でも、それじゃホームレスは減らないと思いますけど……。
え、、、、路上に放置したまま、死んでもらう……???
いやいやいや、さすがに、そんな非人道的なことは言わないですよね。
今は21世紀ですから。
ぜひ、DaiGo氏なりの「生活保護以外でホームレスを減らす方法」を聞いてみたいです。これ煽りではなく。ベーシックインカムとか仰られるんかな?
最後におまけのエビデンス。
実のところ、ホームレスは近年急速に減少しているのです。
DaiGo氏の理想の社会まであと一歩ですね。
生活保護をはじめとする支援を拡充し、「仕事がなくなったら路上で暮らさざるをえない」なんて社会は卒業しましょう。
ここでは生活保護に絞って語りましたが、ホームレス状態の方々を支援するアプローチは、実にさまざまです。
ぼく自身は「ホームレスの人々に仕事を与える」というかたちで支援をする「ビッグイシュー日本」という組織を応援しています。
生活保護も大事ですが、仕事づくりも大事です。ビッグイシュー日本には、なんだかんだで10年くらいボランティアで関わってます。
とても良い雑誌なので、路上販売を見かけたら、ぜひ手にとってみてください。
ビッグイシュー以外にも、「自立サポートセンターもやい」「抱樸」「山友会」「Homedoor」などなどなど……日本にはすばらしいホームレス支援組織が存在します。
彼らの努力によって社会が動き、上記のグラフが実現されています。血と汗の結晶なのです。
DaiGo氏の不思議な世界観。
最後、これは余談めいてしまいますが、DaiGo氏はこんな発言をしています。
もともと人間はね。自分たちの群れにそぐわない社会にそぐわない、群れ全体の利益にそぐなわい人間を処刑して生きてきてるんですよ。
犯罪者を殺すのと同じですよ。犯罪者が社会の中にいると問題だし、みんなに害があるでしょ? だから殺すんですよ。はい。同じですよ。
ん????
ぼくらが生きてるこの社会って、そんな北斗の拳みたいな社会でしたっけ???? 汚物は消毒っすか!?
原始時代とかをイメージして話しているのでしょうか……。あるいは魔女狩りが流行った中世ヨーロッパ、あるいはナチスドイツの時代?
なんでそんな暴力的な世界観を、今ここに持ってくるんだろう?という疑問が拭えません……。
ぼく自身は「人間は自分たちの群れにそぐわない人間を包摂できるように、この社会を作っている」と考えています。
ぼくは確実に、インターネットがなかったら「全体の利益にそぐわない人間」です。
DaiGo氏の世界観だと……ぼく、殺されるんですかねw ネットがあってよかった……w
「利益がどうこう」なんてことは、関係ないんですよ。
そもそも、功利主義的な判断なんてものは、命をかけるほど確固たるものではないんです。
たとえば「プロゲーマー」が存在しない時代には「ゲームにハマってるおっさん」は、社会の役立たずだったわけです。
DaiGo氏的にいえば、命の重さは軽かったのでしょう。
おっさん、ひきこもってゲームしてないで働いて納税しろよ!! おめーの命は軽いんだ!
でも、今はゲームの腕が仕事、あるいは名誉につながります。
だとしたら、この人の命は重くなったわけですね。
ゲームうまいおっさん、めっちゃすごい!! あなたの命は重い!
……んなあほなって感じじゃないですか?
命の軽重なんてものは、そもそも概念として存在しないですよ。
それぞれの主観にすぎないし、しかも、時代や環境によっても、裏表がかんたんにひっくり返ります。
ちなみに、言語もインターネットもない原始時代ですら、人類は弱者を助けてきたらしいです。
原始時代のほうが、よっぽど余裕があったのかもしれませんね。
人間が人間であるのは、自分の利益にならない他人ですらも包摂できる度量があるからです。サルもネコも生活保護制度は持ってませんからねぇ。
この件については言いたいことは山ほどありますが、このくらいでやめておきます。やさしい社会を作りましょう。
それではよい一日を。